- はじめに
- アスペルガー症候群の症状・特徴
- アスペルガー症候群の定義
- アスペルガー症候群の歴史
- アスペルガー症候群の診断基準
- アスペルガー症候群の本質
- アスペルガー症候群の原因
- アスペルガー症候群の診断方法
- アスペルガー症候群の治療法(薬物療法他)
- アスペルガー症候群に対する支援
- アスペルガー症候群の危機
はじめに
アスペルガー症候群の患者の立場から、いま一度、障害の特徴・症状・定義・歴史・診断基準・本質・原因・診断方法・治療法・支援について、1ページ内に収め、詳しくまとめました。より詳しいサイトや資料へのリンクなども充実させました。
アスペルガー症候群の症状・特徴
まず、アスペルガー症候群の具体的な症状について書いてみたいと思います。状況によっては、障害を能力に変えることができる積極的な面もあるということが上手に書かれている資料があったので引用してみようと思います。
アスペルガー症候群の人に見られる共通した特徴
【コミュニケーションの特性】
よい面
・素直で正直。思った通りのことを口にする。
・興味のあることについては、どんどん発言する。
・独特の感じ方をする。人にはない感性を持っている。つらい面
・言葉を字義通りに理解する。たとえ話を本気にする。
・人の話を聞けない。聞いて理解するのが苦手。
・表情や身振りに鈍感。他人の意図を読み取れない。
【社会性の特性】
よい面
・自由に発想できる。天真爛漫な生き方をしている。
・行動力がある。やりたいことに向かって一直線。
・人に流されない。ひとりでも怖がらずに行動できる。つらい面
・友達ができない。それをさびしいとも思わない。
・人と共感しない。人の気持ちに興味がもてない。
・社会常識やマナーが、なかなか身につかない。
【想像力の特性】
よい面
・一定の作業を正確に、緻密にこなせる。
・好きなことには、優れた集中力を発揮する。
・反復作業、単純作業をいとわない。つらい面
・興味のかたよりが強く、頑固な面がある。
・臨機応変な対応ができない。予定通りを好む。
・決まりを守りたがる。融通がきかない。
【そのほかの特性】
・運動が苦手
・感覚的なこだわりが強い
・生活習慣が乱れやすいなど
(出典:大人のアスペルガー症候群 (こころライブラリーイラスト版))
このように、特性には「よい面」があり、うまくいくことも多いのですが、「つらい面」とのギャップが大きいため、しばしば周りとのトラブルが生じます。
もちろん、アスペルガー症候群の人にすべての症状が当てはまるわけではありませんし、細かい症状は人それぞれ違います。しかし、平均化すると、驚くほど特徴が似ているのがアスペルガー症候群の興味深いところです。
アスペルガー症候群の定義
何を持ってアスペルガー症候群というか。
アスペルガー症候群の定義は、時代、国、採用する診断基準によって変わってきます。また、認知心理学、臨床医学の各カテゴリー、脳神経科学、教育現場、行政、支援団体など、アスペルガー症候群に関わる各分野から解明しようという動きがあります。
アスペルガー症候群の定義
アスペルガー症候群とは、知的発達の遅れを伴わず、かつ、自閉症の特徴のうち言葉の発達の遅れを伴わないものである。なお、高機能自閉症やアスペルガー症候群は、広汎性発達障害に分類されるものである。
知能とことばの発達の遅れがある典型的な「自閉症」から、知能の遅れをどんどん軽くしていき、知的障害がなくなった状態が「高機能自閉症」であり、そこからことばの遅れをどんどん軽くしていき、ことばの遅れがなくなったのが「アスペルガー症候群」である。
出典:高機能自閉症・アスペルガー症候群及びその周辺の子どもたち―特性に対する対応を考える
ASD・自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群を含む)の定義
1)対人相互作用の障害
2)言語的コミュニケーションの障害
3)常同的・反復的行動様式
という3つの中核症状全てを有する自閉症から、
1)と 3)だけを有するアスペルガー障害、
1) だけを有する特定不能の広汎性発達障害までを含む概念です。
自閉症的な特性は、重度の知的障害を伴った自閉症から、知的機能の高い軽度の自閉症を経由し、対人関係上でいわゆる変わり者と言われるような正常範囲の人まで続く連続的なスペクトラムを形成するという考えに基づいています。
自閉症の定義
自閉症とは、3歳位までに現れ、
1)他人との社会的関係の形成の困難さ、
2)言葉の発達の遅れ、
3)興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害
であり、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。
高機能自閉症の定義
高機能自閉症とは、3歳位までに現れ、
1)他人との社会的関係の形成の困難さ、
2)言葉の発達の遅れ、
3)興味や関心が狭く特定のものにこだわることを特徴とする行動の障害
である自閉症のうち、知的発達の遅れを伴わないものをいう。
また、中枢神経系に何らかの要因による機能不全があると推定される。
アスペルガー症候群の歴史
ここで、少しアスペルガー症候群(ASD・自閉症スペクトラム障害)の歴史について、簡単に振り返ってみたいと思います。歴史を知ることは、アスペルガー症候群がいった何もので、どこに向かっているかを知るうえで非常に大切な要素です。
簡単に言うとアスペルガー症候群の歴史は、自閉症の歴史であり、自閉症の歴史は、統合失調症の歴史でもあります。それでは、自閉症という言葉が使われた時代にまで、さかのぼってみたいと思います。
統合失調症時代 −オイゲン・ブロイラー
アスペルガー症候群が自閉症の一種だとしたとき、その自閉症というのはいつ定義付けられたのでしょうか。
19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したスイスの精神医学者オイゲン・ブロイラーが発表した「精神分裂病(統合失調症)」の中のいち症状として「自閉症(autismus)」がはじめて登場しました。
参考:解りやすい解説のあるページ
軽度発達障害フォーラム PDD - 経緯
カナー型自閉症(児童) −レオ・カナー
1943年になるとアメリカの児童精神科医レオ・カナーが「早期幼児自閉症」という論文を発表します。
彼は幼児期に発症する統合失調症に関心を持ち、子どもの「自閉」症状に着目します*1。論文では11人の子どもたちについて述べており、
「他人との感情的(情緒的)接触の重篤な欠如」(コミュニケーションの障害)、「自分でこうと決めた事柄を同時に保とうとする激しい欲求」(常同運動)、「反復的なこだわり」、「言葉の異常」(言語発達の遅れなど)、「物の操作に取りつかれたような器用な動作」、「他領域での学習困難と対照的な高レベルの視空間スキルや機械的記憶(認知面でのアンバランス)」で、これらの行動異常を当初は分裂病と考えていたようで、幼児期にも起こりうる分裂病として捉えていたようです。また、「生来性あるいは生後30ヶ月以内に出現」し、「小児期におけるその他の病態とは独立したもの」として捉えていました。
出典:軽度発達障害フォーラム PDD - 経緯
また、子どもの自閉症の原因は「家族、特に母親の育て方に原因がある」とし、この考え方は当時の主流となりました。しかし、1968年になると「先天性」であるとし、前説をひるがえしました。
逆説的ですが、カナーの研究により自閉症が一般によく知られるようになり、自閉症そのものの研究や理解を深めようとする動きが活発化します。アメリカ自閉症協会が発足したのもこの頃です。
参考:解りやすい解説のあるページ
・社会は逸脱者を必要とする(20) カナーと自閉症 グレーゾーン学とアブノーマライゼーション論
・自閉症の歴史 - 発達障害って治る?
アスペルガー型自閉症(児童) −ハンス・アスペルガー
レオ・カナーの論文発表のわずか1年後である1944年に、オーストリアの小児科医ハンス・アスペルガーは「小児期の自閉的精神病質」という論文を発表します。この論文で彼は4人の少年についての行動パターンに共通性があることを指摘します。
彼らの行動特徴は、
「他人への愚直で不適切な近づき方」、「特定の事物への激しく限定した興味の持ち方」、「文法や語彙は正しくても独り言を言うときのような一本調子の話し方」、「相互のやりとりにならない会話」、「運動協応の拙劣さ」、「能力的には境界線か平均的かもしくは優秀な水準であるのに1、2の教科に限る学習困難」、「常識が著しく欠けている」といったものでした。また、「3歳を過ぎるまであるいは就学まで両親は子どもの異常に気がつかなかった」としています。
また、このような研究もしていました。
彼は多くのアスペルガー症候群の子供達が、大人になった時にその特殊な才能を生かすと確信していた。彼はフリッツ・V(Fritz V.)という子供が成人するまで追跡調査をした(症例サンプルのフルネームを出す事は人権上の問題から禁じられている)。フリッツは天文学の教授になり、もともと子供の頃から気付いていたというニュートンの業績の間違いを解決した。出典:ハンス・アスペルガー - Wikipedia
カナー型とアスペルガー型の相違点。
アスペルガーの論文はドイツ語であったため、当時世界に知られることはありませんでした。しかし、偶然とはいえ、カナーとアスペルガーは、ほぼ同時期に異なるタイプの自閉症児を発表したことは、自閉症時代の幕開けとも言えるでしょう。
カナー型の自閉症は「言語の遅れ」、「生後30ヶ月以内に出現」、「コミュニケーションの重篤な欠如」などが見られるのに対し、アスペルガー型の自閉症は「文法や語彙は正しいが一本調子」、「3歳を過ぎるまで親は子の異常に気がつかない」「コミュニケーションの不適切さ」などが相違点です。
自閉症 先天性時代 −マイケル・ラター
1972年にイギリスの精神科医マイケル・ラターは「母性剥奪再評価」を出版します。自閉症の原因は家族に原因があるとするには臨床的な証拠が足りず、先天的な脳障害であるという仮説を立てます。そして、これがきっかけで、自閉症が先天的な脳障害であることを裏付ける研究が加速します。さらに、自閉症が統合失調症とは別の疾患であるという研究も進みます。
ちなみに、日本ではつい最近の2008年まで、学校教育法で自閉症が情緒障害として扱われており、環境要因的な疾病として捉えられていました。
アスペルガー症候群と自閉症スペクトラムの提唱 −ローナ・ウィング
イギリスの精神科医ローナ・ウィングはアスペルガー症候群の名付け親です。彼女は、1981年に書いた論文の中で、アスペルガーの論文を再評価します。実に1981年までは自閉症といえばカナー型を指していました。
しかし、ウィングは自閉症と診断されていないものの、社会性、コミュニケーション、想像力に障害を持つ子どもたちの存在に気づきます。それがアスペルガーが研究対象としていた自閉症の子どもたちと特徴が近かったため、それらを「アスペルガー症候群」と呼ぶことを提唱しました。
90年代になるとアスペルガー型でもカナー型でもない、その中間にあるような特性を示す患者がいたため、自閉症を「スペクトラム(連続体)」として捉えるべきとし、「自閉症スペクトラム」と名付けました。
カナーは自閉症を子どもが発症するまれな精神病だと考えていたようですが、ウイングらの研究により、自閉症は生涯続く発達障害である、ということが明らかにされました。
アスペルガー症候群時代 −ICD-10、DSM-Ⅳ
1990年にWHOによって「ICD-10」という国際疾病分類が発表されます。また、1994年にはアメリカ精神医学会によって「DSM-Ⅳ」という精神障害の診断と統計マニュアルが発表されます。
画期的なのはアスペルガー症候群が自閉症と切り離されて単独の疾患として扱われていることです。これにより、アスペルガー症候群の研究が一気に加速します。*2
参考:解りやすい解説のあるページ
[ローナ・ウイングの“アスペルガー障害・自閉症スペクトラム”とDSM-�Wによるアスペルガー障害の診断基準]: Keyword Project+Psychology:心理学事典のブログ
自閉症スペクトラム障害(先祖返り)時代 −ICD-11、DSM-5
米国のDSM-5ではアスペルガー症候群は廃止、自閉症スペクトラム障害へ。
2015年に発表されたDSM-5では、アスペルガー症候群という名称がなくなりました。DSM-5では、カナー型、アスペルガー型、その他のタイプも自閉症スペクトラム障害という一つの名称に統合しています。
また、ウィングの「三つ組みの障害」から「社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害」、「限定された反復する様式の行動、興味、活動」の「二組の障害」になりました。
DSM-5では、自閉症スペクトラム障害の特徴として興味深い文言も登場。
社会的要求が(本人の)制限されたキャパシティを超えるまでは表面化しないかもしれない。と付記したこと。<中略>あるいは、のちの人生で獲得した戦略によってマスクされているかもしれない。という表現が追加された<中略>。その他、本人が困らなければ診断されないという立場をとり、サポートの必要度で、レベル1から3をつけるようになっています。
参考:解りやすい解説のあるページ
じゃじゃ丸トンネル迷路: DSM‐5における改善点(自閉症について)
DSM-5における神経発達障害(DSM-Ⅳの分類からの変更点)
2017年発表予定の国際診断基準ICD-11からもアスペルガー症候群が消える予定。
IDC-11は、まだ発表前ですが、アスペルガー症候群という名称が廃止される予定です。様々な自閉症関連の障害名が「自閉症スペクトラム障害」一本に統合されます。
- 機能的言語の低下が見られない(no impairment of functional language)*3、もしくは軽度であり、知的発達の障害を伴わない。
- 機能的言語の低下が見られない、もしくは軽度であり、知的発達の障害を伴う。
- 機能的言語の低下を伴い、知的発達の障害は伴わない。
- 機能的言語の低下を伴い、かつ、知的発達の障害を伴う。
- 機能的言語の欠如を伴い、知的発達の障害を伴わない。
- 機能的言語の欠如を伴い、かつ、知的発達の障害を伴う。
- その他の指定されたもの。
- 特定できないもの。
自閉症スペクトラム障害は、中分類として8種類に分けられる予定です。「アスペルガー症候群」といった固有名称でカテゴライズされていたときのほうが、すっきりとしていました。
なお、自閉症スペクトラム障害とは何か、以下のように解説されています。
- 自閉症スペクトラム障害は、関心や行動の柔軟性のないパターンと反復性、限定された範囲、そして、社会的相互作用や社会的コミュニケーションを始めたり、維持したりする能力の永続的な障害によって特徴づけられます。
障害の発症は、通常は幼児期で、発育期間中に起こりますが、後に社会的要求のキャパシティの限界を超えた時まで症状が完全に現れない場合があります。
欠陥は、本人、家族、社会、教育現場、職業、または、他の重要な分野での役割、そして、社会的、教育的、または、他の背景によって異なりますが、通常すべての環境において守られるべき個々の役割の広汎的な面に機能障害を引き起こすため大変深刻です。
※ひどい訳なので、いい訳を見つけたり、公式な訳が登場したら差し替えます。
参考:英語原文は以下リンクを参照ください。
ICD-11 Beta Draft - Joint Linearization for Mortality and Morbidity Statistics
厚生労働省(日本)は、今のところアスペルガー症候群を継続採用。
一方で、厚生労働省は今のところ現行版のICD-10を採用しており、アスペルガー症候群を単独の疾患として扱っています。ですから当面はアスペルガー症候群は診断名として使われ続けると考えられます。
アスペルガー症候群の診断基準
世界の診断基準
アスペルガー症候群の診断基準は、主に、イギリスをはじめヨーロッパを中心に使われている「ウィングが提唱した三つ組の障害」という概念、もうひとつは「ICD-10やDSM-Ⅳのような国際的な診断基準」が採用されています。
参考:解りやすい解説のあるページ
「アスペルガー症候群を知っていますか?」Web版・日本語 | 自閉症を知る | 東京都自閉症協会
[やってみよう、アスペルガー度チェック!]
アスペルガー症候群の国際的な診断基準を紹介する前に、ネット上に様々な自己診断テストがありましたので、ご紹介しようと思います。(参考程度になさってください)
アスペルガー症候群自己診断テスト(アメリカ精神医学会の診断基準DCM-IV)
アスペルガー症候群自己診断テスト(ギルバーグの診断基準)
アスペルガー症候群自己診断テスト(ICD-10 世界保健機関 WHOの診断基準)
アスペルガー症候群のアメリカの診断基準:
精神疾患の診断と統計のためのマニュアル第4版:DSM-IV(アメリカ精神医学会作成)
アスペルガー症候群の国際診断基準:
国際疾病分類第10版:ICD-10(世界保健機構(WHO)作成)
アスペルガー症候群のオーストラリアの診断基準:
アスペルガー症候群 豪州版スケール(ASAS)
スウェーデン人の精神医学者ギルバーグ博士によるアスペルガー症候群の診断基準:
ギルバーグの診断基準
アスペルガー症候群の本質
実はアスペルガー症候群の本質は意見の一致を見ていない。
アスペルガー症候群の本質、つまりそれ無しにはアスペルガー症候群といえないものは何でしょうか。驚くべきことに、このアスペルガー症候群の本質に関しては意見の一致を見ていません。現在、アスペルガーの本質と考えられているものは、すべて、仮説にすぎないのです。ここでは、いくつかの仮説を取り上げてみたいと思います。
ローナ・ウィングの三つ組の障害仮説
最もメジャーなものは、このローナ・ウィングの「三つ組の障害」を本質として捉える試みです。確かに大多数のアスペルガー症候群の人は、これらの障害がきっかけで通院するのではないでしょうか。
すなわち、
- コミュニケーションの障害
例:会話や意思の伝達が苦手。 - 社会性の障害
例:関係上の常識が乏しく、相手の立場を無視した行動を取ってしまうことがある。 - 想像力の障害
例:自分の立場や場の状況をイメージすることが難しい。直接見えることや文字通りの言葉しか気づけない。
たしかに、このうち「想像力の障害」はアスペルガー症候群の症状の様々な本質をついています。では、他の障害はどうでしょうか。
たとえば、これらの3つ組の障害を克服したとしても、アスペルガー症候群の人にしばしば見られる「感覚過敏・感覚鈍麻」や「疲れやすい」といった障害を説明できません。
この分け方は症状を現象レベルで分析したものですから<中略>必ずしも本質的なものが定義されているわけではないのです。<中略>おそらく、この分析の観点を本質的な説明原理として用いてしまうことは、ウイング博士の本意に全く反すると思います。(出典:アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー))
心の理論欠如(マインドブラインドネス)仮説
イギリスの発達心理学者バロン・コーエンは、自閉症の本質は「心の理論の欠如」にあるとします。この仮説も、発達障害関連の本の中にしばしば登場します。
心の理論とは
ヒトや類人猿などが、他者の心の状態、目的、意図、知識、信念、志向、疑念、推測などを推測する心の機能のこと<中略>。この能力があるため、人は一般に他人にも心が宿っていると見なすことができ(他人への心の帰属)、他人にも心のはたらきを理解し(心的状態の理解)、それに基づいて他人の行動を予測することができる(行動の予測)。
この心の理論が欠如しているかを量る誤信念課題として有名なものに、サリーとアン課題があります。
1)サリーとアンが、部屋で一緒に遊んでいる。
2)サリーはボールを、かごの中に入れて部屋を出て行く。
3)サリーがいない間に、アンがボールを別の箱の中に移す。
4)サリーが部屋に戻ってくる。
上記の場面を被験者に示し、「サリーはボールを取り出そうと、最初にどこを探すか?」と被験者に質問する。 正解は「かごの中」だが、心の理論の発達が遅れている場合は、「箱」と答える。
定型発達児とダウン症児のほとんどがこの課題に正答した。ところが、自閉症児では20%の子どもしか正答しなかった。
出典:
https://www.gakushuin.ac.jp/univ/let/top/publication/res_pdf_61/012.pdf
「心の理論」課題は、 言語性 IQ が高ければ通過できるとされている。
出典:https://www.yamanashi-ken.ac.jp/wp-content/uploads/khk2015001.pdf
いち大人のアスペルガー症候群の患者の解答
正直なところ、わたしは大人になっているにも関わらず、この問いに「箱」と答えました(やられたぁと思い、納得しかけました)。しかし、ゆっくり説明されれば理解できることなのです。
これは、「弱い中枢統合」というべきか、ボールそのものに注意をフォーカスしてしまったがために、すぐにサリーの気持ちにフォーカスを切り替えられなかっただけのことです。または、サリーが部屋から出ていって、アンが入ってくるという同時平行に起きた事柄に頭が混乱したのです。
アスペルガー症候群の人にも心があり、別に他の人と心を通わせることができないことはありません。もし、そうであるとするならば、むしろ、健常者はアスペルガー症候群の人と心を通わせる能力が欠如しているという見方ができなくもありません。
実行機能障害仮説
なるほどなぁと思う仮説にロシアの心理学者、アレクサンドル・ルリヤの「実行機能障害仮説」があります。
私たちは毎日の生活を送る上で、実行機能というシステムを使用しています。この実行機能とは、目的を遂行するという心理的な心構えを維持する能力のことです。
例えば、食事の準備をしているとき、途中でお風呂のお湯を止めに行きます。その後、食事の準備に戻ると、先ほどまで行っていた途中から引き続き始めることができます。これは、実行機能が働いているから成し得ることなのです。
学習上における実行機能とは次の4つの内容があります。
- 望ましい目標を設定する
- 目的を達成する合理的な手順を考える
- 他のものに気を取られず、物事に専心する
- その結果が最初の目標とどこまで一致しているのかを検討する
出典:https://www.sapporoyougo.hokkaido-c.ed.jp/?action=common_download_main&upload_id=84
自閉症(アスペルガー症候群を含む)の患者には、この4つの実行機能に問題があるとするのが、「実行機能障害仮説」です。
弱い中枢性統合仮説 ウタ・フリス
木を見て森を見ることができない障害
認知心理学的での原因仮説の中で、最も需要なのはイギリスのウタ・フリスによる「弱い中枢性統合」仮説であるといえます。(出典:アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー))
Frith によると、正常な情報処理過程の特徴の 1 つは、さまざまな情報を統合して、文脈の中でより高次の意味を構築する傾向であり、それは中枢性統合と呼べる機能である。
Frith ら(1994)は、ASDの認知特性 を「中枢性統合の弱さ」(weak central coherence)と表現している。ASD においては、全体の意味を見出そうとすることよりも部分に部分のまま関わろうとする傾向が大きく、この部分は全体の一部ではないといわれている。
つまり、木を見て森を見ることができない。この認知心理学的な考え方は広く受け入れられており、ローナ・ウィングの三つ組み仮説をかなりの部分裏付けるものとなっています。しかし、たとえば、複雑な社会の枠組みを考慮した行動がとれないため、しばしば「空気が読めない」と言われるアスペルガー症候群の症状は、この仮説では証明することができません。
情報処理過剰選択仮説
「情報処理過剰選択仮説」は、大人の発達障害を専門に扱っている精神科医の米田秀介医師が提唱している理論です。これにより、ローナ・ウィングの三つ組み仮説の本質を説明しようと試みるものですが、心にストンと落ちるものなので、詳しくはぜひ先生の本を読んで見ることをおすすめします。
まず、これは、まず3つの中核特性から成り立っています(アスペルガー症候群に必ず見られる特性)。
- シングルフォーカス特性
アスペルガー症候群の人は、複数の情報源を同時に処理できない。木を見て森を見ない。一つのことに注目し、他を無視する。 - ハイコントラスト知覚特性
アスペルガー症候群の人は、「ゼロか百か」といった極端な感じ方や考え方をする。感覚過敏も同じ原理の現象。他の人と見える世界が異なる。 - シングルレイヤー思考特性
アスペルガー症候群の人は、同時的・重層的な思考処理が苦手。物理的な次元、自己の身体に関わる次元、具体的な他者との関係、社会の中でも意味づけ、価値に関わる判断などを重層的に考えることが困難。
参考:解りやすい解説のあるページ(pdfの87ページあたりから)
https://www.nivr.jeed.or.jp/download/shiryou/shiryou85.pdf
この3つの中核特性の周辺特性として(多くのアスペルガー症候群に見られる特性)
- 記憶と学習に関する特性群・・・エピソード記憶の障害、手続き記憶の障害
- 注意欠陥・多動特性群・・・不注意、衝動性など
- 自己モニター障害特性群・・・自分の身体的・精神的状態に気づけない
- 運動制御関連特性群・・・不器用、姿勢の悪さ、運動学習の障害
- 情報制御関連特性群・・・気分変動、“やる気がコントロールできない”など
アスペルガー症候群の原因
原因は不明。しかし、多様と考えられる。
アスペルガー症候群の行動特徴の多くは、認知発達の偏りで説明がつきます。認知発達の偏りをもたらすのは何らかの脳機能の微妙な障害です。アスペルガー症候群の原因はおそらく一つではないでしょう。遺伝的要因や、妊娠中や出産時、出生後ごく早期の何らかの障害のために脳の特定の部分に障害が生じたのだろうと考えられています。
ですから、親や家族の協力で症状をある程度克服することはできても、その原因は「親の育て方」に問題があるわけでは全くありません。また、以下に引用した仮説も、それが自閉症の原因として証明されているわけではありません。今、こういう研究がされている、という程度に受け取るべきです。
遺伝子欠損仮説
東京大学分子細胞生物学研究所の中村勉講師と秋山徹教授らの研究グループは、脳の神経細胞の活動を抑えるGABA受容体の運搬に関与するタンパク質PX-RICSが、ヤコブセン症候群患者に発症する自閉症の原因であることを特定しました。
脳の発達段階で働く「FOXG1」という遺伝子が、自閉症の程度に関わっていると分かった。
自閉症の発症に関連する可能性のある遺伝子は、現在までに100以上が報告され、それらはX染色体及びY染色体を含む全ての染色体上に存在しています。このことは、自閉症の症状が多様でスペクトラムを成していることと関連していると考えられています。
ミラー・ニューロン仮説
自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群を含む)でミラーニューロン回路の不全がある仮説(部分的にメカニズムが証明)。
血中濃度仮説
これまでの研究で、自閉症児では、血液中の中性脂肪の中でVLDLと呼ばれる超低比重たんぱく質中の中性脂肪濃度が特に年少者において低くなることを見出しました。さらに、ある種の自閉症モデルマウスを用いた実験で、これら血中脂質の低下を餌で補うと自閉症特有の症状が緩和されることを診療に結びつかないか検討しています。
グルタミン酸神経伝達物質に関連するアミノ酸であるグルタミン、グルタミン酸、グリシン、D-セリン、L-セリンの末梢血清中濃度を測定し、成人高機能自閉症では血清グルタミン酸濃度が定型発達者に比べて有意に増加していることを示しました。
出典:浜松医科大学精神科
(東大)研究チームは障害と血液中の代謝物の関係に着目。100種類以上を測定できる「メタボローム解析」で健常者と障害者の合計53人の血液を調べた。障害を持つ人では天然アミノ酸であるアルギニン・タウリンの濃度が健常者より高く乳酸など2種類の代謝物の濃度が低かった
環境要因仮説
自閉症の環境要因と考えられたのは1)妊娠初期の喫煙,2)水銀,3)有機リン酸系 農薬,4)ビタミン等の栄養素,5)親の高齢,6)妊娠週数,7)出産時の状況(帝王切開等),8)夏の妊娠,9)生殖補助医療による妊娠,が考えられた.一方,関連がないと考えられる環境要因は1)妊娠中のアルコール,2) PCB,3)鉛,4)多環芳香族, 5)社会経済的地位,6)ワクチン,7)低出生体重,であった.これらは再現性のあるものもあればないものもあり,さらなる研究が必要である.
出典:https://www.niph.go.jp/journal/data/59-4/201059040004.pdf
環境要因としても、様々な報告があり、最近は遺伝要因よりは環境要因の方が強いと報告され、新しい双生児研究よると自閉症の環境要因は55%と報告されました。環境要因としては、父親の高年齢、体外受精、出生時低体重、多産、妊娠中母体感染症などが報告され、最近では妊娠中や、生まれてから1年における大気汚染のPM2.5、PM10が自閉症と関連しているとの報告があります。
アスペルガー症候群個性仮説
「アスペルガー症候群は障害ではなく個性である」と断言して、性格のひとつとして考えるべきであるとする説です。
アスペルガー症候群は、そして自閉症も、内気とか内向的といった性格の問題ではありません。アスペルガー症候群、自閉症を含む自閉症スペクトラムは発達障害です。発達障害とは、生まれつきあるいは発達早期に脳になんらかの障害が生じたために、行動や認知発達の偏りを示す障害のことを言います。性格の問題とは関係ありません。
アスペルガー症候群の診断方法
自分や周りではなく医師が診断する
その人がアスペルガー症候群かどうかは、医師が判断します。当たり前のことですが、発達障害、ことにアスペルガー症候群に関しては、他薦、自薦のアスペルガー症候群の方がいらっしゃいます。
しかし、アスペルガー症候群が発達障害支援法であったり、行政の支援であったり、職場の理解を得ることが必要な障害であるという性質を持っているということ。また、診断してみたら違う病気であるケースも多いことを考えると、やはり医師の診断は重要です。
一般的に知られる診断方法
専門医による問診が基本です。
この障害は,人との相互交渉,コミュニケーション,想像力の3つの領域に障害が認められた場合に診断がなされる。
出典:https://ir.lib.sugiyama-u.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/135/1/人01神谷.pdf
一回の診断でアスペルガー症候群と診断することはまれです。大抵は複数回の診察ののち、発達障害の疑いがあれば臨床心理士等による心理検査へと回されます。病院によっては、脳波やMRI、CTスキャンなども行います。
医師は心理検査の結果を参考に、現状の抱えている問題はもちろん、生育歴のヒヤリングや行動観察などを重ね、最終的にアスペルガー症候群か、違う疾患なのか、または特に問題が無いのかといった診断を下します。診断が出るまで、数週間から半年くらい。子どもなら、もっと時間がかかることがあります。
なお、これらの検査には健康保険が使えるケースと使えないケースがあります。検査に必要な金額も、数千円から5万円超までと病院によってかなり差があります。
心理検査、WAIS-IIIについて。
心理検査では、大人の場合、現在抱えている問題、生育歴等の質問の他に、WAIS-III (ウェクスラー成人知能検査)などの知能検査(IQ検査)を行います。
なぜ知能検査をするのでしょうか。
彼らは感覚の過敏性や不器用さなどさまざまな領域に障害を抱えている。これが“広汎性”と呼ばれる所以である。さまざまな領域にあらわれる障害の1つに,認知機能の偏りがあげられる。彼らの認知特性を理解し,鑑別診断や支援へと役立てる<中略>。この種の研究では,Wechsler 式の知能検査が最もよく用いられる。
出典:https://ir.lib.sugiyama-u.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/135/1/人01神谷.pdf
とくにWAIS-IIIはよくできていて、たとえば、注意記憶と処理速度の指標は、
記憶性の問題を明らかにするだけでなく,行動上の問題(多動,衝動性,注意集中困難)をとらえやすいと考えられています。
出典:https://www.akita-c.ed.jp/~ckyk/kenkyu/h15/pdf/tok/10.pdf
つまり、発達の偏りだけでなく、発達障害の何であるかも浮き彫りにし、支援計画までもフォローする、なかなか優れた検査だといえます。
以下の本は、WAIS-IIIの様々な実例が載せられており、自分がなぜその診断に至ったのか。また、自分と違う偏りの場合、どんな発達障害が疑われるのかなどが分かり、大変興味深いのでおすすめです。
軽度発達障害の心理アセスメント―WISC‐IIIの上手な利用と事例
誤診されやすい病名
アスペルガー症候群はしばしば、以下のような病名と誤診されます。その逆のこともあります。
イマジネーション障害の要素が大きい(その他は比較的良好)
- 統合失調症型人格障害
- 回避性人格障害
- コミュニケーション障害:読み取りの歪み(被害感)や不安
- 妄想型人格障害、境界性人格障害
- 社会恐怖 対人恐怖 うつ病
- 選択的緘黙症
- タイムスリップ現象やカタトニー、興奮状態のエピソード
- 統合失調症
- パニック障害(おもにタイムスリップ現象) 境界知能の問題との合併で学業不振や不登校
- 適応障害(うつ状態や不安、回避)
出典:https://www8.cao.go.jp/youth/suisin/pdf/soudan/05/s5-1.pdf
人格障害のカテゴリーと自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群を含む)との概念の重複
アスペルガー症候群の症状と類似点が多く、判断に迷う障害として以下のような障害があります。
- 統合失調質パーソナリティ障害
- 統合失調型パーソナリティ障害
- 境界性パーソナリティ障害
- 回避性パーソナリティ障害
- 強迫性パーソナリティ障害
出典:https://www8.cao.go.jp/youth/suisin/pdf/soudan/05/s5-1.pdf
アスペルガー症候群の治療法(薬物療法他)
アスペルガー症候群の原因が解明されていないため、薬や心理療法等で治ることはないとされています。しかし、アスペルガー症候群の人が抱えているいくつかの症状は薬によって穏やかにすることができますし、心理療法等によって克服していくことは可能です。
この章の最後の項で扱いますが、最近は完全に克服し、自閉症と診断されなくなったという夢のある事例もあります。これは、行動療法の重要性と諦めないことの大切さを教えてくれる事例です。
薬物療法によるアプローチ
以下に、発達障害の薬物療法として参考となる資料があったので、引用します。あくまで参考にしていただくための引用で、薬は医師の処方、管理の元で適切に服用する必要があります。
注 意:成人量
1)興奮、自傷、感覚の過敏さの調整
聞き取りや会話の読み取りが被害的になり易い
固執・要求が通らない時など「易刺激性」の調整
リスペリドン (リスパダールR ) : 少量 0.5~3.0 mg/日
アリピプラゾール(エビリファイ®) : 12mg /日程度
*現在はこちらを第一選択に使う場合も増えています2)タイムスリップ現象の頻発:SSRI(抗うつ剤)も効果
PTSDの辺縁系 記憶賦活化と同様のメカニズム?
フルボキサミン(ルボックスR )の少・中量の投与 25~50 mg /日3)怒りっぽさ、衝動性の高さ:自傷・器物損壊
バルプロ酸Na(デパケンRR、デパケンR) 600~800 mg /日
ゾニサミド(エクセグランR) 400~600 mg /日
カルバマゼピン(テグレトールR) 漸増療法 ~600 mg/日4)パニック障害、感情爆発、衝動行為の頻発
クロナゼパム (リボトリールR ) 3~6mg /日
5)気分障害
1 双極性感情障害:気分(意欲感情の波)の調整
バルプロ酸(デパケンRR、デパケンR) 600~800mg /日
炭酸リチウム 600~1200mg /日 + ジプレキサR10~20mg /日2 うつ病(単極型)
抗うつ剤(タイムスリップ現象あれば、フルボキサミン少量~中量)
+バルプロ酸(デパケンRR、デパケンR) 600~800mg/日:長期6) こだわりの悪化:強迫性障害としての治療
抗うつ剤(SSRI)や抗精神病薬(鎮静効果)
出典:https://www8.cao.go.jp/youth/suisin/pdf/soudan/05/s5-1.pdf
心理療法によるアプローチ
EMDR
心理療法によるアプローチのひとつとしてEMDR(イーエムディーアール、Eye Movement Desensitization and Reprocessing;眼球運動による脱感作および再処理法)があります。
このEMDRは一瞬胡散臭い感じもするのですが、国際的にも認められている心理療法の一つです。眼球を左右に20回〜30回ほど往復させながらトラウマを解決していく療法です。
主に、アスペルガー症候群による2次障害として過去の苦々しい思い出に対するトラウマの症状が出ている場合には有効な治療かもしれません(もしくはフラッシュバックやタイムスリップ現象)。
参考となるページ:
・EMDR - Wikipedia
・心と体を救う トラウマ治療最前線 - NHK クローズアップ現代+
認知療法
認知療法の治療目標は認知の障害そのものを修正することではありません.抑うつや不安などの感情の病理を解決するために,認知という側面からアプローチするのです.認知のパターンを修正することを通して,不快な感情の改善を図ろうとすること,それが認知療法の目標なのです.
ソーシャルスキルトレーニング
社会生活技能訓練とは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の医学部精神科のロバート・リバーマン教授(Robert Paul Liberman 、1937年 - )が考案したもので、困難を抱える状況の総体を「ソーシャルスキル」と呼ばれるコミュニケーション技術の側面からとらえ、そのような技術を向上させることによって困難さを解決しようとする技法である。コーチング(coaching)、アサーショントレーニング(assertion training)、問題解決技法などとも関係がある。
その他の心理療法
アスペルガー症候群に対する心理療法には様々なものがあります。素人で判断せず、医師、心理カウンセラー、臨床心理士等によるアドバイスのもとに療法を選び、症状を改善させていくための計画を立てると良いと思います。
行動療法により自閉症から「完全」に回復するケースがある。
1960年代の中ごろまでに、イヴァー・ロヴァースはすでに自閉症児の研究を始めていました(Lovaas, 1973)。 彼を最も有名にしたのは1970年代初頭に行った研究でした。それは、行動変容法や応用行動分析を取り入れた1対1の治療を集中的に行うもので、対象となった19人の自閉症児のうち、9人が「定型発達機能」を獲得したと報告されています(Lovaas, 1987)。
Sallows and Graupner(2005)は、LovaasのUCLAモデルを改変し、23人の自閉症児を対象として2~4年間のトレーニングを実施しました。 その結果、23人中11人が、7歳の時点で定型発達域の知的発達を示しました。
「特別な」トレーニングをしなくても回復
自閉症の障害は生涯続くものだと医師たちは長い間信じてきたが、新しい研究によると、この障害の典型的な症状を示す子供の中には完全に回復するものもいることが判明した。
あくまでも稀な例。
「これは、回復の可能性の問題を扱った最初の確固とした科学的研究で、大きな意義をもつと私は思います」とカリフォルニア大学デービス校のマインド・インスティチュート(MIND Institute)のサリー・オゾノフ(Sally Ozonoff)は語った。彼女はこの研究に関与していない。「私たちの多くは、「回復」という言葉を使うくらいなら歯を引っこ抜かれた方がましだと思っていました、そんなことはとても非科学的だとね。今や「回復」という言葉を使えるのです。それは稀だということを強調する必要はあると思いますけれどね」。
行動療法の重要性
ファイン博士は、行動療法の重要性を強調した。「回復した人々は成長して自然と自閉症から抜け出したわけではないのです」と彼女は言った。「私は40年間子どもの治療にあたってきましたが、セラピストと親が何年も努力をつぎ込まない限り、こうした改善が見られたことは一度もありませんでしたから」。
回復しても別の問題がある可能性
「回復した子供たちの中には、大人になってからきわめて自立心が強い人になるが、かなりの不安や抑うつを抱え、しばしば自殺念慮を抱く人もいます」と語るのはイェール大学医学部の児童研究センターの所長であるフレッド・ヴォークマー(Fred Volkmar)博士。
アスペルガー症候群に対する支援
アスペルガー症候群(ASD・自閉症スペクトラム障害)に対する支援
1990年にWHOによって「ICD-10」という国際疾病分類が発表され、アスペルガー症候群が掲載されるようになって以来、アスペルガー症候群(ASD・自閉症スペクトラム障害)に対する支援は徐々に広がりを見せます。
各国の動き
特に、2000年代半ば以降日英米が続けてアスペルガー症候群(ASD・自閉症スペクトラム障害)への支援体制を法制化することにより、産官民が連携する支援体制がカタチになっています。そういう意味では、自閉症スペクトラム症候群をサポートする社会の枠組みは、ここ10年内にはじまったものばかりです。
日本
日本では2005年に発達障害支援法が施行。自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥・多動性障害などの発達障害を持つ者に対する援助等について定めた法律です。(発達障害の定義は日本と諸外国では全く違う)
アメリカ
アメリカ合衆国には、ASD等に関する調査研究、診断、介入、教育等の分野での取り組みを拡大するために、既存の制度等の改正を目的とした「自閉症法2006(Combating Autism Act 2006)」があります。
イギリス
イギリスには、ASDのある成人が適切なサービスを受給できるようにするために「自閉症 2009(Autism Act 2009)」があり、その対象を「自閉症のある成人(adults with autism)」と定めています。
あくまでも「特性を活かすため」の支援体制
アスペルガー症候群を克服しようとする人にとっては、少々物足りなく感じるかもしれませんが、自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群を含む)の性質がいまのところ「不治の病」である以上、発達障害を定型発達に近づけることを狙いにはしていません。
アセスメント*4の目的は何かを考えてみると、発達障害の診断をつけることのみではありません。 発達障害を治すこと(定型発達に近づけること) でもありません。発達障害の特性は長所にも短所にもなるものです。その特性の活かし方を考える 第1歩がアセスメントです。
出典:
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/hattatsushougai.files/dai2.pdf
そう考えると、社会のベクトルは「発達障害を活かす」方向に向かっているのかと思いきや、現状としては、発達障害者を定型発達に近づけ、社会に適合させようという取り組みの方がまだ目立っているように感じます。
自立支援医療
自立支援医療(精神通院医療)は、精神疾患(てんかんを含みます)で、通院による精神医療を続ける必要がある病状の方に、通院のための医療費の自己負担を軽減するものです。
出典:
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/jiritsu/dl/03.pdf
簡単に申請でき、精神科の通院による医療費が1割負担になります。ひと月の支払いの上限も収入額によって勘案されています。
アスペルガー症候群が、いまのところ「不治の病」だとすると、半永続的に通院しなければいけません。そのことを考えると、大変ありがたい支援です。
自治体による発達障害者施策
問題行動を起こした発達障害者を排除するのではなく、障害を理解し、障害に寄り添った支援をすることで、発達障害者にとって働きやすい環境を支援するものです。
支援事例:
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/hattatsushougai.files/dai2.pdf
支援事例集:
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/hattatsushougai.files/dai3.pdf
特別支援教育
「特別支援教育」とは、障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点に立ち、幼児児童生徒一人一人の教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善又は克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うものです。
主な予算編成
期待したいこと
自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群を含む)に行動療法が有効であることを考えると、行動療法に対する健康保険の適用、もしくは、低価格で行動療法を受けることのできるサービスが広がることを期待しています。薬物療法よりか効果が出て、結果的には医療費の低下に繋がるかもしれません。
保険などは政治主導で行なう必要がありますが、マッサージ(てもみん)のように民間が手頃な価格で行動療法のサービスを行なうのもありなのではと、漠然と考えています。
アスペルガー症候群の危機
アスペルガー症候群は医学によって生まれ、医学によって葬られるのか。
ようやく、アスペルガー症候群が理解されはじめた矢先に、アスペルガー症候群という名前が使われなくなり、ASD(自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害)になるということで、なんともやるせない気持ちになっています。
アスペルガー症候群のジレンマ。
ある意味で、ローナ・ウィングからはじまったアスペルガー症候群。
アスペルガーの論文を紹介したウイングの意図は、自閉症者のなかには高い知的能力を持った者もいるという事実を強調することによって、自閉症についてのステレオタイプな見方を変えることにあったとされています。(出典:アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか? 大人の発達障害を考える (こころライブラリー))
しかし、今度は彼女が提唱した自閉症スペクトラムの概念が、アスペルガー症候群をスペクトラムに内包させることにより、アスペルガー症候群の名前が姿を消そうとしているのです。なんとも、皮肉な話です。
より専門的なことを分かりやすく知りたい方へ。
本格的にアスペルガー症候群についてお知りになりたい方は、このブログではなく、以下のページや本をおすすめしたいと思います。